Crucial Moment コンコン。

深夜静かにノックされた部屋の主はゆっくりとベットから体を離し、ドアの外に立つ人物を迎え入れた。

「ギリギリセーフ、ですね導師はん。」

羽織っているのはバスローブを一枚、吹き込んだ風が普段よりも冷たく感じる。

「ウミは?」

自分の目線よりも高い位置にある導師の顔を見上げる。夜風に靡く髪はなぜだか濡れている。

まさかセレスが眠っていたあの穴までウミを探しに行っていたのだろうか。

そんな予想が思考を掠めた。

「寝てますよ。分かってると思いますけど、あの手紙を書いたのはあの子ちゃいます。」

「ああ。ウミはセフィーロの文字を書けないからな。」

誰かが手助けしたということは気付いていた、とクレフは疲れた表情で苦笑いした。

「・・・申し訳ありませんでした。」

打ちひしがれて帰ってくるだろうとおもっていたがここまでズタぼろの状態を見せつけられると心が痛む。

「謝るな。いい薬になった。」

すやすやと眠るウミの吐息を耳に、壁に体を預けた。達成感と言うものだろうか、一気に全身から力が抜けて行く。

この2日、気付かされたこと。

それは、彼女の存在が、自分が思っていた以上に大きなものだということ。

それに気づかず約束をすっぽかしてばかりの男を彼女の友が見たら仕返しの1つや2つしたくなるのは分かる。

「ウチ、ラファーガのところに行きますさかいウミの傍にいたってください。」

音を立てずに閉められた扉。ウミの吐息がさっきよりも近くに感じられる。





カルディナが出て行ってから数十分、杖を立て壁に背中を預け考えた。

この国の導師が、傍に置く一人を決めるということ。

誰にでも平等でならなくてはいけないと、大切な存在を他の皆と同じように扱ってきたこの数年。

出来るならこのまま、彼女を愛せればいいのに。誰にも言うことなく、心だけで想っていれればそれでいいのに。



その一人が明日から特別な一人になる。

恋人という、他の皆とは違う位置づけに。



自分にその覚悟はあるのだろうか。



あれだけ彼女の存在価値を痛感したというのに、眠る彼女を前にしても明確な答えが出せないのはなぜだろう。

人間が人を愛することに罪はないのに。

自分の使命が故、決断を出来ないこの心境。




エメロード姫。

どうやら私もあなたと同じ、己の立場ゆえ犠牲を選ばずにはいられないのかもしれません。

導師という柵を捨てたい、そう悪態をついたのは初めてだ。

あと数時間、彼女が目覚めるまでに自分はどんな決断を下すのか。

「・・・正念場だな。」









































朝日が昇るころ、自室に服を取りに戻ったカルディナはベットで寄り添う二人に目を細め、来た道を引き返した。

「今日はお祝いやね、ウミ。」

まだ夢の中の彼女の今日は明るい。

荒療治も効くモノだと、朝日を浴びに庭を散策する。いつもと何も変わらない朝、だけど何かが確実に変わった朝。



芝生に寝転がりウトウトし始めた数十分後、真上の自分の部屋から響いたウミの絶叫は幸せの絶叫。

邪魔しにいくな、と回廊を駆けるプレセアにガッツポーズしてまた目を閉じた。





あの時、死を選んだお伽の国のお姫様が夢の中でほほ笑んだ。